○ 三峰山

【登った日】 2023年 1月 14日(土)
【天  候】  曇り
【山の名前】 三峰山 (697m) 筬沢山 (494m) 栗生山 (341m) 
【時  間】    10:30〜15:00
【同行者】  おK3
【コース】   兼宮神社〜梅田忠霊塔〜栗生山〜筬沢山〜妙見宮〜三峰宮(奥宮)〜三峰山〜金沢峠〜 兼宮神社

梅田の忠霊塔から三峰山へ至る登路は未踏であった。
「野山歩きのヒント」の「川内大崩から梅田忠霊塔」のコースの後半部分である。
前半の部分は三十六童子散策で、個人的にも有志一同でも何度も散策した場所では有る。
今回あにねこさんの梅田忠霊塔〜三峰山の後追いで周回してみましょう。


この地図は電子地形図25000(国土地理院)を加工して使用しています。

兼宮神社。神社周辺の余裕のある駐車余地に駐めて出発。 車道を歩いて忠霊塔への上り階段入り口です。
忠霊塔にて手を合わせる。戦没者慰霊碑ですね。 左手から登ると小籔らしいので右手の納骨堂?の裏から取り付く。
少し登ると3基の石祠。1基が復元されたようです。 石祠からは濃い踏み跡とピンクのテープが導いてくれます。
最初のピークが見えてきました。 四等三角点のある栗生山山頂です。
栗生山から降って登ると・・・。 筬沢山(おさざわやま)山頂です。R.Kさんの標高板が健在ですね。
筬沢山からの尾根の登り右側には幼木の植林が。
鹿よけの金網が張り巡らされていました。
植えたばかりなのに食い荒らされたらたまりませんからね。
急登のその先に何か見えますよ。
今回の一番の目的地の妙見宮です。北極星を信奉する信仰だそうです。そう言えば経塚山の稜線に北斗七星の刻まれた霊符尊神の石柱が有ったけれどあちらも妙見信仰の関連なのだろうか。 台石には村内安全。
文政12年(1829年)当時の麓の村は何村だったのでしょうかね。
第十一代将軍家斉の治政。やっぱり梅田村でしょうか。
左側面には亀の浮き彫り。 右側面には蛇の浮き彫り。
妙見宮を過ぎると露岩が現れました。 岩の上が踏み跡。
こちらの岩は違う様だが遊んでみた。
こんな事しなくても巻き道がちゃんと有ります。
そして三峰宮。奥の院との事。
奥の院からは距離的には短いが急登をこなすと・・・・。 三峰山山頂です。さぁもう登りは無いですよ。金沢峠へ。
直下に三峰山の石祠。 大形山に向かって降ります。縦走路往復時はこの山の登り返しがきついのですが、今回は登らないからとおK3を安心させる。
金沢峠着。 金沢集落へ降ります。
少し降るとコンクリート林道となる。 林道終点。
大きな石碑の斜め上を見上げると石祠が2基。 石碑は昭和29年に川内、相生、梅田を合併して新生桐生市誕生の記念碑の様です。なぜここにあるのかは不思議ではあるが。
少し降りると民家と車道。

アスファルトの車道をちんたら歩いて駐車場所まで。

昨年の10月末を最後に山歩きから遠ざかっていた。
おK3は毎週のようにお仲間と出かけているのだが、自分はせいぜい経塚山を含めた簡易周回ルートを数回歩くだけであった。
たまには4時間超の歩きをしましょうとせかされて思いついたのが今回のルート。
何せアプローチが短い。(同じ市内ですからにして)
5時間未満で周回出来る。
本HPのタイトルでもある、まさに里山である。
たぶん誰にも会わない静かな歩きが出来る。
諸々の観点より今回の周回となったのだが、最後の林道歩き以外は大変満足の里山散策となりました。
特に妙見宮を拝観出来たので大満足です。

 

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